弥生時代の日本人に思いを馳せる

最近は、表題のテーマに関心がある。そもそものきっかけは始皇帝の時代、大人気漫画であるキングダムの時代、に日本がまだ弥生時代であることに気づいてからだ。原人から少し進化して、稲作を覚えたばかりという印象がある弥生人が日本で暮らしている一方で、漫画「キングダム」では7つの国家がしのぎを削っている時代が中国大陸では出来上がっている。この差はなんなのだろう。

さて、日本人が初めて文章に登場するのは、三国志時代の「魏」によって記述された歴史書の一部だ。「東方伝」の中の「倭人伝」に登場する。ここには卑弥呼のことが描かれたり、人々の様子が描かれたりしている。そして、文章以外に弥生人たち本人が遺したものが遺跡だ。遺跡には様々な痕跡が残されているらしく、実際の生活の様子が見て取れる。特にこのころは環濠集落といって、深さ3メートルもある深い堀で囲まれた集落の遺跡が見つかっているそうだ。鏃(やじり)の重さの進化から、縄文時代後期からすでに人間同士が殺しあっていただろうことがわかっているらしい。そしてこの環濠集落の3mにも及ぶ堀は、明らかに対人間の防護策だ。では、土地も豊富で、ほぼほぼ顔見知りであったろうとなり村の人間と、果たしてどういう理由で殺し合いをしていたのだろうか。まぁでも、例えば最初はお互い侵犯しないことを約束して集落を分けたものの、開墾が進むうちに、領地がぶつかって、戦いになった、、、という可能性はあるのかもしれない。

弥生時代に続く期間は古墳時代と呼ばれている。各地で力をつけた環濠集落の長たちが、力を競い合って古墳を建て始める。初めは方墳と言われたただ巨大な四角形だったものが、競争を減るうちに趣向を凝らしたものへ進化し、かの有名な前方後円墳へと繋がっていくわけだ。前方後円墳も非常にユニークだ。丸と四角を組み合わせた、なんとも不思議な形をしている。ちなみに、「前方後円墳」というのは、前方があり(?)、後ろが円形の古墳のことではない。「前は方墳(四角形)で、後ろは円墳である」という意味だ。

ちなみに、今GoogleMapsでかの有名な仁徳天皇陵(最大の前方後円墳)をのぞいてみたが、衝撃的なことに、その周りにいくつも前方後円墳があるではないか。うーん。これは旅行してみたくなった。

しまった。古墳時代へ行ってしまった。

弥生時代に思いを馳せた結果、漁った資料には古墳時代のことが書かれていたため、古墳時代に詳しくなった。
ちなみに、古墳女子なるものが今話題らしく、前方後円墳カレーがあるらしい。

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